公益社団法人射水市医師会

 人工喉頭を使って会話しながら、子どもたちを診察してきた梅崎先生です。(射水市本町のご自宅で)

温和な小児科の先梅崎伸先生生として、多くの新湊の人たちに慕われています。小児科専門開業医として、富山県では草分け的な存在のお一人です。

今回その梅崎先生の功績に対して「第39回医療功労賞」(読売新聞社主催、厚生労働省、日本テレビ放送網後援、エーザイ協賛)が贈られました。

 写真(右)は平成23年2月8日、富山県庁特別室で小笠原支社長(右)から表彰状を受け取る梅崎先生(左)医療功労賞を受ける梅崎伸先生

 
 医療功労賞は地域の医療や福祉に貢献した人に贈られる賞です。この表彰式で読売新聞北陸支社の小笠原忍支社長は「自らがんを克服し、子どもたちの病気を治療する支えとなっている全国でも希少な例だ」と功績をたたえ、来賓の石井知事は、「地域のかかりつけ医として、なくてはならない貴重な役割を果たしてきた。今後も地域医療のため力を尽くしてほしい」と祝辞を述べておられます。


 梅崎伸先生は小児科医として半世紀、昼夜を問わず診療にあたられ、1993年には下咽頭(いんとう)がんで声帯や食道を摘出して声を失い、一時は、医師を続けることをあきらめかけましたが、のどに当てて発音を補助する器具「人工喉頭」を使って診療に復帰され、子どもたちの健康を見守り続けておられます。現在も息子さん(梅崎実先生:内科医、梅崎クリニック)とご一緒に新湊の地で、日々診療を続けておられます。

梅崎先生を紹介した読売新聞の記事を掲載します。(平成23年2月6日掲載 読売新聞)
「医療功労賞に梅崎さん 8日に表彰式」
がん克服 小児医療に尽力

 地域の医療や福祉に貢献した人に贈られる「第39回医療功労賞」(読売新聞社主催、厚生労働省、日本テレビ放送網後援、エーザイ協賛)の受賞者が決まり、県内からは射水市本町、医師梅崎伸さん(82)が選ばれた。表彰式は8日、県庁で行われる。梅崎さんに喜びの声を聞いた。
  「小児科医として子どもの病気と向き合って半世紀。がんにより一時は失った声を取り戻し、子どもたちに語りかけながら、「生涯現役」で診察を続けている。
医師を目指したきっかけは、太平洋戦争の勃発(ぼっぱつ)だった。「体が弱く、兵隊ではなく軍医になろうと思った。医学部に入学する前に終戦となり、戦後の混乱の中で、医師になった。」最初は結核医として勤務していたが、「結核では飯は食えない」と1957年に小児科専門医になった。当時は悪性ジフテリアやポリオなどの感染症で死亡する子どもも多かった。「病気の子どもを助けられないのは情けなく、つらかった」。最期を看取った子どもたちを今でも想い出す。
1993年、診察中に声がかれ出した。診察の結果は下咽頭(いんとう)がん。声帯と食道を摘出する手術は幸いにも成功したが、声を失った。「声が出ないと診察出来ない。子どもと対話する小児科医はおしまいだ」と、一時は医師を続けることをあきらめた。
復帰のきっかけは、食道発声というリハビリ方法を知ったことだ。声を取り戻すわずかな可能性にかけて、毎日練習した。結局、マイクのような器具をのどに当て、人工的に声を出す「人工喉頭(こうとう)」で、再び話すことができるようになった。
ガンから立ち直ってから18年。器具をのどに当てながら、子どもと会話して診察する。「授かった命。診察できるだけで幸せ」。その子どもたちが大きくなり、自分の子どもを連れて訪ねてきてくれるのが楽しみだという。


いつまでも私達医師会員の大先輩として、現役でがんばっていただきたいと思います。

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